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論述模範解答
早稲田大学(法)
2006年度


Q
下記の3つの語を必ず用い,各語に付されている条件を満たしたうえで,朝鮮王朝末期の状況を,200字以上250字以内で論じなさい。なお,句読点,数字,括弧(かっこ)は1字に数えるものとする。

日朝修好条規 
この条約の最初の条文として,「朝鮮国は自主の邦にして日本国と平等の権を保有せり」という規定が置かれましたが,清朝との関係でその意義を述べなさい。

金玉均 
対立した「事大党」との考え方の違いを明確にし,どのような行動を起こしたかを述べなさい。

甲午農民戦争 
この蜂起の首謀者の名をあげ,この蜂起がどのような結果をもたらしたかを述べなさい。



日朝修好条規の意義…清と朝鮮との冊封関係を終了させることを企図した最初のイベント

金玉均…親清の事大党と違い、明治維新を目指し、甲申政変を起こした。

甲午農民戦争…指導者は全準。 日本軍の朝鮮介入を招き、日清戦争に至った。


一見、指定ターム的には日清戦争まででOK。しかし、問題文に「朝鮮王朝末期」とあるし、三つのターム全て、日本絡みなので日韓併合まで書くべき。
指定タームの共通性を理解するのが大事。




A
江華島事件により日朝修好条規が締結され、清と朝鮮の間での冊封関係を朝鮮に否定させ、日本の大陸進出が開始された。壬午軍乱を経て閔氏政権は親清政策を展開する一方、独立党の金玉均は明治維新を範とした朝鮮独立を掲げ、甲申政変を起こしたが鎮圧され、朝鮮における日本の影響力は低下した。全準指導の甲午農民戦争を機に日清戦争が開始され、その下関条約では清に朝鮮の独立を認めさせた。その後、反日親露政策を採る閔妃は殺害され、日露戦争開始以後、日韓協約で日本は朝鮮での影響力を大幅に拡大していき、日韓併合に至った。(249字)



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