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論述模範解答

早稲田大学(法)
2005年度


Q

19世紀,オスマン帝国の弱体化が明らかになるにしたがい,帝国内ではさまざまな改革が試みられることになった。こうした改革はどのように展開したのか。19世紀前半から20世紀初めまでの動きを,以下の語句(順不同)を必ず用いて,200字以上250字以内で記述しなさい。

 なお,解答は横書きとし,所定の語句にはアンダーラインを引きなさい。句読点および数字は1字に数えるものとします。

 

露土戦争        ミドハト憲法    青年トルコ革命  タンジマート

ベルリン条約    クリミア戦争

 


《期間》19世紀前半から20世紀初めまで

《主題》オスマン帝国の改革はどのように展開したのか

 

まず、時間順に並べましょう。
   ↓

(ギリシア独立戦争)

   ↓
(ギュルハネ勅令)=タンジマートの開始

   ↓

クリミア戦争

   ↓

ミドハト憲法作成

   ↓

露土戦争

   ↓

ミドハト憲法停止

   ↓

(サンステファノ条約)

   ↓

ベルリン条約

   ↓

青年トルコ革命



A
ギリシア独立戦争の敗北等により、近代化を模索したオスマン帝国は、アブドゥル=メジト1世のギュルハネ勅令によりタンジマートを開始し、上からの改革を目指した。クリミア戦争に際しての外債発行による列強への従属化が進む中、ミドハト憲法の施行にまで至ったが、露土戦争を理由にアブドゥル=ハミト2世は憲法を停止し、専制体制に戻った。露土戦争の講和条約であるサンステファノ条約はベルリン条約に改められたが、トルコの衰退は顕著であり、その危機感から1908年にはミドハト憲法の復活を目指した青年トルコ革命が発生した。(250)





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