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論述模範解答

一橋大学

 年度 文字数 問題  upした日
2007 400 カール大帝とその後継者ルートヴィヒ1世の死後,フランク王国は分裂の道を歩んだ。その過程で東西王国のいずれにおいてもカロリング家の血統に属さない国王が現れ,新しい独自の王国が形成された。王国は後にさらに発展し,西欧中世世界の中心となっていった。とくに東側の王国は神聖ローマ帝国の中核部を構成した。フランク王国の分裂と東側の王国の成立と発展の過程を,分裂に関わる二つの条約の締結から神聖ローマ帝国の初代皇帝となる国王の選出にいたるまでの期間について記しなさい。その際,二つの条約と以下の語句を必ず使用し,その条約名と語句に下線を引きなさい。語句を用いる順序は自由である。(400字以内)
《マジャール人 ロートリンゲン ザクセン朝 ハインリヒ1世》



2009.1.19
2007 400 18世紀後半のフランスは,それまでの絶対王政がゆきづまり,不安定な時代を迎えていたとされる。とりわけルイ16世(在位1774-92年)時代は多くの社会的矛盾や財政難が顕著となる時期であり,政府はそうした事態への対応を迫られていた。ルイ16世の即位からフランス革命勃発に至るまでの期間を取り上げ,その間,どういった問題が生じていたかを説明したうえで,政府はそれに対処するためにどのような改革を行おうとしたのか,そして,そうした改革はなぜ挫折したのかを述べなさい。


2009.1.19
2007 100 太平天国の乱の鎮圧に曾国藩・李鴻章・左宗棠がどのような役割を果たしたのか,具体的に述べなさい。


2009.1.19
2007 100 洋務運動を推進した人たちのとった基本的な立場・主張がどのようなものであったか,述べなさい。


2009.1.19
2007 200 「対外関係が悪化した」「外交上の失敗」とあるが,1870-80年代における清朝の対外関係を,対ロシア,対フランスの場合について,具体的に述べなさい。


2009.1.19




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