高安真(たかやすまこと)

かってこれほどの生徒がいただろうか…
顔は明らかにヤクザ…
しかし、生まれて一度も喧嘩したことがないという…
理由は「痛いのは嫌だ…」というのもすごい。
高校名 
朋優学院高校 普通科 野球特待Aランク

2期生の富永亜斗夢(中央・法)と高安
駿台で知り合った富永に連れてこられた。
合格校 
現役 0
一浪 0
二浪
明治大学法学部
帝京大学法学部(センター利用)

高安とびびりまくっている2年伊藤

いつも通りの高安

見えない敵と戦う高安
不合格校 
現役
明海大学
立正大学
日本大学
明治大学
一浪
亜細亜大学
明治学院大学
青山学院大学
明治大学
慶應義塾大学
早稲田大学
二浪
東洋大学
慶應義塾大学
早稲田大学
防衛大学校

本気で早押しに臨む高安と
それを小馬鹿にする手前の白石(早稲田文構)

落ち込む高安

復讐の誓いを立てる高安
センターの点数 
現役 英60点くらい 国60点くらい 世60点
一浪 英122点 国88点 世70点
二浪 英156点 国60点(現文のみ) 世84点

歌舞伎役者を殴った容疑で連行される高安容疑者。連行しているのは2年米原。

入塾一ヶ月…あまりの強面ぶりに、誰も話しかけなかったが…次第に打ち解けていった
模試の成績 
( )内は偏差値です。
現役 まず受け方がわからねぇ。
一浪 成績が消えた。覚えているのは全て半分は切っていた。
二浪
第一回駿台校内テスト 英19/100(32.4) 国42/100(38.8) 世80/100(61.5)
第二回駿台校内テスト 消えた
第三回駿台校内テスト 英117/200(49.4) 国104/200(47.5) 世65/100(51.2)
第一回駿台全国判定 英80/200(48.5) 国89/200(40.8) 世75/100(58.2)
第二回駿台全国判定 英100/200(47.7) 国108/200(41.5) 世81/100(64.0)
第一回駿台全国 英51/200(41.3) 国59/200(41.0) 世58/100(60.7)
第二回駿台全国 英71/200(47.3) 国53/200(48.9) 世52/100(58.1)
第一回駿台ベネッセマーク 英134/200(57.7) 国98/200(49.7) 世66/100(57.8)
第二回駿台ベネッセ記述 英106/200(62.8) 国69/200(50.7) 世72/100(65.6)
駿台全国マーク 英74/200(44.0) 国111/200(44.9) 世78/100(56.7)
センタープレテスト12月実施 英72/200(39.4) 国75/200(34.7) 世73/100(56.8)

かき氷が気に入っている高安

基本は馬鹿面の高安

お汁粉が好きな高安
合格までの戦略 
現役
特待で入ったため、勉強なんてしなくていいと思っていた。一年の時は留年予告通知を4枚ももらい、誰もが留年するだろうと思っていた。自分自身もどっかの都立でもなんでも編入して、楽な生活をしたいと思ってもいた。3年間で出席しなければならない出席日数は680日、3年間で遅刻はしたことなく、欠席は2回だけ、しかし、全体の評定は3.2で、高校の勉強は全くできず、(やらなかったの方が正しい)、一般受験をすると言った時は、学校の先生、友達、家族にも反対され、信用してくれる人なんていなかった。悔しかった。最初は自身も大学への興味は全くなく、入れればどこでもいいと思っていたが、中学の時に通っていた塾の先生が私に「人生って一度きりなんだ、遊びたいがために大学をすぐに決めるのか、お前の野球に対する熱い思いを勉強にぶつけて、努力して合格した大学に行くのか、どっちがいい?オレは受験には失敗したけど就職先は第一志望受かった。でもお前なら受験にも就職もどっちも成功できるはずだ。オレはそう思っている。どうする?」と言われ、泣きながら受験することを決意した。そこからが始まりだった。父親が借金かかえてどこか消えていったことも知っている先生は無償で全教科の面倒をみてくれた。でも結果は全敗。恩返しができなかった。
一浪
浪人することを決意したが、もちろん信用してくれる人はいなかった。先生しか信用してくれなかった。まず母親に反対されている所で予備校は通えないと思っていたため、バイトしながら宅浪しようとしていた。でも心の中では予備校に通いたかったので、ひたすら家族に頭を下げた。「私の知り合いで浪人して成功した人はいないわ。だからあなたも無理よ」と他人が失敗したからって私も失敗するみたいなことを言われて、母親がすごく嫌いだった。大嫌いな母親に頭を下げるのはすごく悔しく、すごく複雑な気持ちでいっぱいだったが、方法はそれしかなかった。何とか親を説得し、予備校に通えるようになった。東京湾で「うぉぉぉ~!!」って叫んだ。しかし辛いのはここからで、母親がくれた一日の食費は200円、最初の3ヶ月の定期は自分の小遣いから出していた。死にそうだった。でも負けたくなかった。開門する30分前には駿台へ行き、ひたすら缶詰で勉強していた。毎日続けていた。一度も授業に遅刻はなかったし、欠席ももちろんなかった。駿台の先生にはこの勢いでいけば合格できると言われ、ひたすら自分を追い込んだ。しかし、一浪も全敗。早稲田の商学部が終わった時、体調を崩し、次の日の社学に備えようとしていたときに初めて母親が「あんた頑張りすぎだよ。もういいじゃん。やるだけのことはやったじゃん。お母さんはもう満足だよ。明日の試験なんてもういいじゃん。」と言った。涙が止まらなかった。「合格」という一言も言えずに、母親にそんな思いをさせてしまった。ひたすら風呂場で泣いていた。自分が情けなかった。結局、またもや全敗。努力すれば報われるだとかいう言葉が大嫌いになった。
二浪
一浪目の効率の悪さなどを改善することから始めていった。一浪目の頑張りが伝わったのか二浪目に関しては家族全員が賛成してくれた。まずは過去問をひたすら研究していき、その問題に対してどこまで自分が解けるのかを分析していった。苦手であった英語を中心に分析していき、勉強法を改善していった。自分自身では、応用力が足りないと感じ、夏が終わるまでは、受験で必要だと思われる知識を(過去問で分析したデータ)100%頭にたたき込んで、それ以降はひたすら問題を解くことに専念した。もちろん、抜けている部分は夏以降でも復習して知識を入れる。しかし、二浪目の夏までの勢いはとてつもない勢いで勉強していたが、突然やる気がなくなってしまい、授業はサボるようになり、いつも昼頃から勉強するようになっていた。自分自身でも「やらなくては!」と思っていたが、「明日から本気を出す」と言って毎日ダラダラ過ごしていた。周りの友達にも「あのお前がこんなんなってしまったのか」と言ってしまうほど、ダラダラしていた。直前期までそんな感じでいたが、12月のセンタープレテストでとんでもない点数を取り、(データ参照)さすがにまずい事になったと思いつつ、泣きながら一人で御茶ノ水を歩いていた。そこから一気に追い込んで勉強し、センターでは満足する点数ではなかったが、センター後からの伸びは半端ではなかった。ガンガン成績が上がっていった。何とかなるだろうと思い、気軽に一般を受けていったが、滑り止めの東洋に落ち、何とかならない気がしてきて、どうしていいかよくわからず、生きた心地はしなかった。しかし、奇跡的に明治大学法学部に合格し、なんとかなった。あの時の嬉しさはとてつもなかった。いろいろあったが、最終的には第一志望とは異なった結果ではあるが、自分自身では非常に満足している。今まで関わってきた人には感謝している。

高安とゆげ
ゆげ塾に通った理由 
友人の富永に勧められ、初めてゆげ塾の授業を受けたところ、正直、驚きでした。まず説明が分かりやすいのは勿論、生徒と先生の距離が近く、質疑応答が行いやすい環境で、疑問点を残さないのみならず、しっかりと頭に残る授業なんだなと驚きました。そこから通っても間違いはないと感じたのです。
自分は二浪と言うことで、現役生に囲まれて授業するのはかなり抵抗がありましたが、皆優しく、すぐに私のことを受け入れてくれました。現役女子高生と仲良くなってしまったと言うのもまたおいしいとこでもあると思ってます。
授業は何周してもいいと思います。でも私は一周のみで終わらせていただきました。
世界史だけに限りませんが、過去問は最強の参考書です。すべて出ろとは言いませんが、ゆげ先生がプレゼンする演習は本番への慣れと、知識の定着に役立ちます。授業と演習を受けて「こないだこれ説明したじゃねぇか」って思えるぐらい勉強していけば、世界史はある程度点はとれると思います。
使用した参考書 
英語
単語 ターゲット1900、単語王、速読速聴core1900
イディオム ターゲット1000、解体英熟語
文法・語法 ネクステージ、英文法・語法1000
構文 構造がわかるポレポレ
長文 英語長文問題精構、慶應の英語2冊、あとは駿台の教材のみ
国語
生きる漢字、現代文読解力の開発講座、駿台の教材
世界史
用語集、駿台の教材、ゆげの教材

二浪のため成人式へ行こうか悩んだが、結局授業に出た高安にシャンパンをお見舞いする佐梁(中央・法)

イチョウの木の下で…
高安は3期生全員にとってのアイドルでした。ゆげも高安のキャラとその不屈の精神に触れることができて光栄でした。
さいごに 
受験するにあたって必ず、やる気がなくなったり、私のようにダラダラ過ごしてしまうときがある。そこで自分が本気になれる理由を一つ作ってほしい。その理由はなんでもいいと思う。例えば家から近いから、とか、東大だから、とか、キャンパスがキレイそう、とか、どんなに小さな理由でも自分が本気になれればなんでもOKだと思う。私の場合は六大学の應援団をやる事、途中ダラダラしていた生活があったため説得力はないが、ひたすら應援団の事を考えて勉強していた。受験生にも何か一つ目標や夢を持って勉強してほしい。辛いことでもどうせなら楽しくなってほしい。
高安真
2011年9月6日時点での記録です。
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